今回はN研究所に代わって、アメリカの大手コンサルティング会社が指名された。
1年後の1996年9月に作業は完了し中期計画が策定された。
この中期計画は、IOの歴史の大きな転換点として重要な意味を持っている。
IOが現在、推進している企業変革の具体的な戦略は、ここから出てくる。
そして中期計画策定の翌年には、企業変革の中核となる「戦略IT構想」と「戦略物流構想」のふたつの戦略コンセプトと行動計画がそれぞれ策定された。
戦略IT構想と戦略物流構想の行動計画に基づいて、具体的な動きがこの時期に始まった。
まずはメーカーとの直接取引のさきがけとして、冷凍食品について直接取引が始まった。
また、商品コード体系の大規模な変革も始まった。
これと連動して、売場のくくりも同時に大きく変わった。
陳列場所が変わった商品もあった。
中心としたJSCの子会社と提携企業群による企業集団が誕生した。
21世紀ビジョン策定作業は、その後具体的な作業へと進み、8年後の1995年の中期計画策定作業へとつながっていく。
これは「2010年ビジョン策定グループ」と呼ばれるプロジェクトチームで、21世紀ビジョン策定の時と同様に、専任のメンバーが招集されて1年間作業を行なった。
1997年、会計年度で言えば1998年2月期は、IOが21世紀に向けて、策定した戦略と行動計画に基づいて企業変革に向けて始動した年として重要な意味を持つ。
IOの歴史の中で特別な意味を持つこの年は、企業変革の推進責任者であるO,Mが社長に就任した年であり、しかも大幅減益となって、企業変革が始動と同時に大きくつまずいた年でもあった。
現社長のO,Mにとっても1998年度は経営者として忘れられない年だった。
1987年10月、21世紀ビジョン策定グループのチームリーダーに指名されて以降のO,Mの軌跡を追って見ることにする。
O,Mは1990年5月、38歳の時にJSC(当時)の取締役に就任している。
その前年の1989年10月、アメリカの婦人衣料専門店で、1988年6月に買収したTB社製品を日本で販売する「TBジャパン」の設立に関わり社長に就任。
JSCの取締役に就任した2年後の1992年には常務取締役として海外事業を統括する国際本部長に就任した。
この時39歳。
1995年3月、常務取締役商品担当に就任。
それ以降、仕入部門である商品部を担当することになる。
共通の大規模修繕情報が採用されており、インプレッションですぐに大規模修繕と分かる。
